私はつまらない人間?変わりたいと思った時はどうすれば良いの?

つばき
私ってすっごくつまらない人間かも…。
 
 
自分がどうしようもなくつまらない人間に思えることはありませんか?

私は特に話が面白い訳でもなく、目立つキャラクターでもありません。

今まで「私って何てつまらないんだろう…」とばかり思って生きてきました

大勢で盛り上がれる人たちや、グループの中心になるような華やかな人たちを見ては羨ましがってばかりいたのです。

けれども大人になるにつれ、人生の価値観が変わってきました。

そして、今ならこう思います。

つばき
私って結構面白いじゃん
 
 

今回は「つまらない人間」考察と、脱つまらない人間術を考えてみました。

つまらない人って?

つばき
真面目って言われても嬉しくないかも。

幼いころから先生に「真面目だね~」と言われて育ちました。

この言葉は私にとっては=「つまらない人間」と同義語。

「真面目」と言われるたびに、堅物で面白みのない人間だと言われたように感じていました。

あなたにとってつまらない人間とはどのような人を思い浮かべますか?

ちなみに、多くの人は「つまらない人間」の特徴について、以下のように考えているようです。

~つまらないと思われる人の特徴~

・真面目

・話が面白くない

・無感情

・趣味がない

・刺激がない

私はこれに全部該当してしまいました(;^_^A

という訳で、以前の私は人と話す時に、

つばき
どうしよう、今つまらないって思ってるんじゃないかなぁ

と変に気を遣い過ぎたり、

つばき
私といてもつまらなくって、すぐに飽きられちゃうかも…!?

ということばかり考えていたんです。

かと言って面白く振る舞えるかというとそれもできません。

その当時の私は、飲み会で大声で賑やかにしているテーブルの人たちを羨ましく思っていました。

つばき
でもきっとあそこの中に入っても、つまらないって思われちゃう…

いつも人から何を言われるかが怖くて、目立たないように端に座ってばかりだったんです。

なぜつまらない人間になってしまうのか

つばき
つまらないのって生まれつき?どうしたら良いの?

なぜつまらない人間になってしまうのでしょうか。

つまらない=個性に乏しい・元気がない・印象が薄い・良い人すぎる…

なぜこのように振る舞ってしまうのでしょうか。

私はある時、もしかしたらつまらない人というのは、「自分を出せていない人」ということではないか?と思い立ちました。

つばき
そういえば私、
気を使いすぎて本心とか冗談とか全然言えてないかも!

友だちと一緒にいても、

つばき
そうだよね~。私もそう思う。

みたいに、相手に合わせれば好かれると思っていたんです。

でもただ合わせることほどつまらない人はいない、と後で分かりました。

なぜなら、コミュニケーションの面白さとは相手と自分との違いを知ることだからです。

本来人間はそれぞれに個性を持っていて、全員が誰から見ても変わっている人になるはずなのです。

同調することは、ただただ自分の鏡を見るようなもの。

これでは1人でいるのと変わりません。

日本人は特に同じことが良いことと思いがちです。

でも行き過ぎてしまうと、ただ印象に残らない人で終わってしまってしまいます。

・個性を押し殺している

・周りに合わせ過ぎて、自分でも自分が分からなくなっている

このようなことに心当たりはないでしょうか。

確かに個性を出さないことで、誰かに嫌われる可能性はかなり低くなります。

目立たずに生きる方が生きやすかったのかもしれません。

だから、無意識のうちに個性を閉じ込めてしまっている人も多いのではないでしょうか。

つばき
でも、いつも自分を隠して生きるのって、なんだかしんどい。
 
 

本当の意味で深いかかわりを避けていては、自分の人生を生きていないのと同じことです。

実は私も目立たないように、自分の個性を無視したまま周りに合わせていました。

注目されずに平穏に生きられる代わりに、「自分」を認められている感覚もなければ充実感もありませんでした。

そして、なぜ自分が生きているのかも分からなくなってしまったんです。

本当はつまらない人なんていない

もしかしたら自分がつまらないと思っているだけで、本当は面白い人なのかもしれません。

おかしなことに、多くの人が自分はまともな人間だと思っています。

でも、他から見ると「変わった人だなぁ…」と思われる人って結構いませんか?

大なり小なり、性格や行動パターンや癖など、何かで偏りが出てしまうものかもしれませんね。

・他の人から見れば自分は変わった人だという認識

・本来全員が個性的で変わった存在なのだという認識

この2つさえ意識していれば、周りの人の目を気にすることなく自分の個性を発揮しやすくなるのではないでしょうか。

人からどう思われるかを気にすると、自分が出せなくなります。

けれども、もし周囲の人達が全員変わっている人だとするならば、変人から変だと言われてもさほど気になりません

変わっていて当たり前なのです。

それが複数人でも同じこと。

もしかしたら、大多数の人の方が変わっていて、自分だけがまともということもあり得ます。

たとえば、日本ではお椀をもってご飯を食べるのが当たり前で、お椀に顔を近づけるなんかみっともなく見えますよね。

けれども韓国ではお椀を持たないで食べる文化ですから、顔をお椀に近づける体勢で食事をするようです。

国や国民性・文化・しきたりなどどの集団に属するかによっても、何が正しいかなんて簡単に変わってしまいます。

どの視点から見るかで180度変化するのです。

ただし、自分の立場から考えればどれも正しい訳ですね。

ですから、個人レベルに置き換えて自分をもっと尊重して「私はこうだから」と堂々と生きていきたいな、と最近では思うようになりました。

つまらないとジャッチする人がつまらない人!?

年齢を重ねるうちに、若いころに考えていた「面白さ」「つまらなさ」の質が変化しているのに気が付きました。

若いころはとにかく盛り上がりはしゃぐ人たちのことを「面白い」と判断していたのです。

派手で賑やかで楽しそうだなぁ、と。

けれども大人になってくると、「何が楽しいんだろう?」と全く心を動かされなくなりました。

「面白さ」の質は様々です。

ただ集団でいるだけで楽しい時期もありますよね。

成長の過程で、学生の頃は親和欲求と言って、人と繋がりたい欲求が強くなります。

これは皆が通り過ぎる通過点のようなものかもしれません。

たとえば、子どもの頃砂場や積み木などで夢中になって遊んだ経験は誰しもあるものです。

けれども大人になると、見向きもしなくなりますよね。

むしろ大人になってもなお砂場遊びに夢中になっていたら、それはそれで「どうしたんだろう(・・;)))?」と心配になりますよね(笑)

それと同じことなのではないでしょうか。

精神の段階によって、何が「面白い」何が「つまらない」という価値観自体が変化・成長していくのです。

その時々で心から楽しいと思える時代を目一杯過ごすことで、次の段階へ上がることができるものでもあります。

段階的に通過しなくても、最初から周囲の人と「面白さ」の捉え方が違う人もいるのかもしれません。

たとえば、私はとっても堅物で真面目な人や、引っ込み思案であまり他の人に心を開けないような人を見ると、とっても興味深いなと思います。

そんな人の秘めた思いや考えを引き出すと、全く予想外なことを聞くことができるからです。

あなたはいかがでしょうか?

話術、勢い、賑やかさ、不調和、佇まい、神秘性、味わいなどなど。

面白さにも表面的なものばかりではなく、種類や質や隠されているものなど人によって感じ方は様々あります。

視点を変えると、今の人間関係でつまらなさを覚えてしまう時は、思い切って環境を変えることです。

自分の個性を受け入れてくれる場を探すことも大切なことだと思っています。

何も我慢して無理に付き合うことはありませんし、あなたに合ったコミュニティがきっとあるはずです。

自分の精神安定のためにも、個性を十分に発揮できるような心安らげる場を積極的に探してみることをオススメします。

つまらない原因はあるがままでないこと

以前、「どうやったら皆から面白いって思われるような楽しげな人になれるんだろう?」と考えていた時ふと気づいたことがありました。

「これ言ったらどう思われるかな?」

「この人何でこんなこと言うんだろう?」

楽しくしようとすればするほど、思考は忙しく動き回っていたのです。

ずーっと考えて気を遣って良い人を演じ、疲れ果てて家に帰る。

こんなことを繰り返しながら、華があって楽しそうにしている人たちを観察するようになりました。

一緒にいるだけで楽しくなるような人を見ていると、何だかとっても生き生きとして楽しそうなのです。

「そうか!私自身が全然楽しいと思ってないじゃん!」

「華やかに見える人たちは、本心でその場を楽しんでいる人たちだったのか!」

何てことはなかったのですね。

自分がその場を心から楽しめば、その空気感が伝わり皆がつられて楽しくなるということ

逆に、「どうしよう、何を話そうかな」なんて頭で考えて焦ることで、その空気が伝わり場がつまらなくなってしまっていただけなのです。

楽しさもつまらなさも伝染するんですね。

ただその場にいることを感謝し楽しむだけで、自然と笑顔になります。

ニコニコしている人がいるだけで、その場が明るくなりますよね。

面白さを作ろうとか自分が提供しなきゃと考えなくても、自分が楽しむだけで良かったのです。

何もかもつまらないと思える現代病

自分の魅力や個性を開花させるのに効果的なのが、「刺激」を減らすことです。

現代は刺激に溢れています。

私たちは刺激に慣らされて生きていますから、何を見てもつまらなく感じてしまうのかもしれません。

刺激 = 〇高揚感・楽しさ・盛り上がり・興奮

×喪失感・刺激病・躁鬱状態

確かに刺激を受けているその一瞬は何となく楽しい気分になります。

けれども、日常にかえるとつまらなくギャップに耐えられなくもなってしまうのです。

刺激を求める刺激病に陥り、テンションの上がり下がりの差が生じてしまうため不幸を感じてしまいやすくなります。

まるで躁鬱状態です。

精神的安定 
◎ 幸福度が高い・刺激がなくても毎日楽しい・ささやかなことに気づける

△ 熱狂することはない・坦々としている

逆に言えば、精神状態を一定に保つことが幸福の状態です。

この常にほんわかとした温かさや機嫌の良さをたもった状態。

刺激がなく心が安定している状況こそ、きちんと自分を見つめ個性や魅力が自然と引き出されます。

余計なものを捨てた状態が本来の自分の姿だからです。

この幸福状態に近づくためには、

1、刺激を少なくすること

2、生活に意識を向けること

です(^-^)v

「刺激がなければつまらなそう……」

いえいえ、そんなことはありませんよ!

常に穏やかな心持ちでいられれば、毎日の日常生活の見え方が変わってきます。

ちょっとした人とのやりとりに感謝の気持ちが溢れてきたり、育てている植物が元気なだけでとっても嬉しい気持ちになれたり。

派手なことには興味がなくなり、本当の人生の喜びに近づくことができるようになります。

すると、自分のエネルギーが溜まってきますから、それが人脈やお金や仕事や運といった形で循環されるようになってくるのです。

反対に、つまらないと思ってしまう時はエネルギー切れを起こしていることが考えられますから、肉体や環境のメンテナンスをしてみると、不思議と力がみなぎってきます。

日々自分のパワーをどうやって温存しどこで使うかということを意識するだけで、あなたはどんどんやる気に満ち溢れた魅力的な人になっていくことができるでしょう。

まとめ

まとめますと、

~脱つまらない人になるための方法まとめ~

1 怖がらずに自分の内面を開示してみる

2 全員が変人なのだから、何かを言われることは気にしない

3 面白さの質は様々。今のコミュニティで受け入れられないのならば、人間関係の断捨離もアリ!

4 頭で考えるよりも、自分が「今」を楽しむことに集中する

5 最も怖いのは「刺激病」。刺激が魅力的ではあるが精神的破綻を生むため、刺激のない幸福度の高い生き方を目指しましょう

ということでした。

目に見えない物を整えることはとても大切なことです。

そして、たとえ周りの人と合わなくても、自分はこれで良いと確信を持てるのであれば無理に変わる必要はありません。

あなたはそのままで十分面白く変わった人だからです。

もし周りの目を気にし過ぎて合わせているなぁという人は、思い切って仮面を脱いでも良いかもしれませんね。

「私にしか出せない味わいは何だろうか?」

そう思いながら人を信じてどんどんオープンになればなるほど、面白い人になっていきます。

そして信頼し合える人間関係が紡がれていく。

本来の自分を出し、周りの人たちの個性も受け入れ、皆が調和できる世の中になることを願っておりますm(_ _)m