「着物生活したい!」と思っている人必見!今すぐはじめたくなる着物の魅力

「着物生活、始めました~♪」

ということで、最近ようやく着物生活デビューを果たしました。

実行するまでに思い続けた期間は約10年。

いつか、いつか着物生活したいなぁと思っていたんです。

けれども、正直面倒くさかった…(´-ω-`)チーン

着物生活がしたい!と思っている人の多くは、大半同じ気持ちでは?と思っています。

着付けの仕方が分からないとか。

どの季節にどの着物を着たら良いの?

とかいろいろありますからね。

でも、そういうことも含めてやはり魅力があるのが着物生活。

今回は、私なりに着物生活に対する魅力を語る回とさせて頂きました。

衝撃!今は洋服よりも良い着物が安く手に入る!

以前から「いつか着物生活を送ろう!」と思い、着物を買い揃える趣味がありました。

日本舞踊を始めたのも、動機は未来の着物生活のため。

着物を着た時の所作を覚えるために踊りを習ったつもりが、いつしか踊りの楽しさにはまってしまった訳です。

さて、「着物って高いんじゃないの?」と思われるかもしれません。

確かに質の良いもの、こだわりの職人さんのものを反物から仕立てるとなると、相当なお値段がしますよね…(-_-;)

ここぞという時に着るものは気合を入れて作ると良いかもしれません。

が!

私が目指しているのは、着物「生活」。

生活の中で普段使いできるものを求めているんです。

料理、洗濯、掃除など、洋服の時よりは多少遠慮しますが、気兼ねなく動けるくらいのものでなければもったいなくて着られませんよね。

ですから、新しく仕立てるということはなく、リサイクルショップなどで十分♪

メルカリなどでも本当に「こんなに安くて良いの?」という値段で売られています。

しかも正絹の着物が、です。
※簡単に言いますと、着物には「絹」の良い生地で作られている「正絹(しょうけん)」の着物と、化学繊維で作られているお洗濯可能な「化繊(かせん)」の着物があります。

まとめ売りなどもありますから、それこそ取りあえず数を集めたい人にはもってこいです。

着物をいつか着ようと思い、せっかくあつらえたのに何十年もタンスに入れたままで、そのままリサイクルに出してしまう方が多いのではないでしょうか。

その出番の少なかった着物たちに、再び命を注ぐような気もちで袖を通してあげられたら。

持ち主は変われど、せっかく世に生まれたのだから皆の役に立ち、日の目を見ることを着物たちも望んでいると思うのです。

着物の「仕付け」は「躾」という文化

昔から日本人は、身の回りのものを用いて家庭内の躾をしてきました。

代表的なのは「お米」です。

「米」と呼び捨てするのではなく、「お米」と「お」をつけることにも全てが集約されている気がします。

つまり、農耕民族である私たち日本人にとって、お米はそれだけ尊い存在であるということです。

「お百姓さんが苦労して作ったお米を粗末にしてはいけない」

「お百姓さんが苗を植えてお米が実るまでに八十八回手間をかけて、苦労して作るから『米』という字になつたんだよ。」

など、まさにお米による躾ですよね。

諸説ありますが、アマテラス(太陽神)が日本の最高神とされるのも、弥生時代以降の稲作文化の影響が大きいことが分かります。

また、「妖怪」もその1つ。

「もったいないお化けがでるよ」

「早く寝ないと鬼が来るよ!」

なんて言われた記憶はないでしょうか?

以前の日本は、もっと目に見えないものへの畏怖の念を大切にし、それを上手く活かしてきたのだと思います。

どこか温かみのある妖怪という存在は日本の文化の1つと言っても過言ではありません。

そして「着物」を着る習慣。

「仕付け糸」というのは着物の形を整えるために仮に止めておくための糸のことですが、「躾」と同音であることは深いつながりがあるそうです。

もともとこの言葉は国字と言われる日本生まれの言葉で、日本文化と深く関わっています。

「身」を「美」しくと書く「躾」という感じは、とても好きな漢字のうちの1つです。

仕付け糸は袖を通す時には外すものですが、それと同じように躾も最初は型をきちんと教え、いずれ手が離れてもおかしくないように育てるという意味があるそうですよ。

着物はただ着ればよいという服装ではありません。

着る者が「着物」に合った振る舞いをしなければ、身を美しくすることができないものです。

気慣れなければとても窮屈に感じるほど、背筋はシャキッと伸びた状態で固定されます。

着物を着て正座しているだけで、自分の中で緊張感が高まるのが感じられるほどです。

形を整えること、それを習慣とすることで芯が整えられる。

日本人の精神性の高さは、着物を着るという習慣にも作られてきたのではないかと思っています。

着ることによる性格・美意識補正効果


所作の美しさを極めることなくして着物は着られません。

何て言って、ハードルを上げてしまいました(^-^;

でもね、着ていると、誰に指導されるでもなく美しい動きを自ら追求したくなってくるのです。

たとえば足さばき。

なんせ特に女性の場合歩幅が狭くなりますから。

女性が着物を着ていてガニ股で歩くの程みっともないものはありませんから、自然と内またですり足になります。

また、着物はなで肩が美しいと言われています。

より首が長く見え、すんなりとなで肩に見えるようにするには、背筋を伸ばして肩甲骨を合わせるようにするのです。

すると、ただ立っているだけでも様になり凛とした美しさを表現することができます。

そういったどう見せるかを意識することが着物を着る時の醍醐味ではないでしょうか。

加えて、着物の良さは、1つの行動をする時に洋服よりも丁寧な動作がプラスされるところです。

物を一つ取るのでも、お袖を左手でたくし上げながら取るという所作が自然とできるようになってきます。

すると、着物を着ている時だけではなく、普段の行動全てが丁寧になってくるものです。

たとえば、湯呑茶碗を持つ時やお釣りを渡す時に左手を添える動作のように、両手を使うことが増えてきます。

これは形が美しいこともありますが、なぜ形が美しくなるかというと心を添えているからです。

動き1つ1つに思いを込める、それが自然と身に付くのが着物の良さだと思います。

様々な美しさを堪能

クラシック音楽は何度聞いても飽きない魅力をもっています。

メロディーの美しさは勿論のこと、一口にクラシック音楽といっても様々な曲調があるからです。

どの曲を聞いても違いが分からず一辺倒であれば、これほど何百年も長くは愛されなかったでしょう。

着物もクラシック音楽のような奥深い魅力を持っています。

可憐・はかなさ・豪華絢爛・粋・ロマンティック・洗練・温かみ・色気・厳かな雰囲気

普段使いから格式高いフォーマルな装いまで、幅広く対応できます。

最近はアレンジ色々で楽しむ人が増えてきました。

洋髪で着物も楽しいですし、思いっきりタイムスリップして大正ロマン風に着こなしても良いですね。

私が好きなのは竹久夢二さんの描く女性です。

デザイナーでもあった夢二さんの描く女性が着ている着物は、本当にモダンでおしゃれなものばかり。

「この柄の着物に、この色の帯を合わせるんだ( ゚Д゚)!」

ととても参考になります。

着物は洋服の合わせ方とはまた違いますからね。

柄と柄もOK!

あまり無難に着すぎると、かえって面白みがないと踊りの師匠に言われたことがありました(^-^;

西洋のビビットカラーと違い、日本の着物は自然に近い何とも言い表せないような微妙な色合いを多く用いています。

一言で「茶色」といっても、黄色に近いものから黒に近い色まで何種類もありますよね。

明治中期には「文人茶」などと言って、教養のある人たちがこぞって着た黒に近い茶色がありました。

「江戸紫」なども粋で素敵な色です。

着物を楽しむことは、日本文化と直結しています。

派手な面白さというよりは、奥深く複雑で心にじわ~っと広がるような喜びが味わえるものです。

この世界に入り込むと、もう刺激はいりません(笑)

日常の微かなできごとでさえも、静かに心を震わし深く味わうことができるようになります。

なんちゃって文豪気どり

先程「文人茶」のご紹介をしましたが、ブログも着物を着て書くと不思議と筆が進むのです。

文豪にでもなったかのように、筆をタイピングに代えて書き進めます。

この「なりきり」って結構大切なことです。

「今日の私は、締め切りに追われホテルに缶詰めになっている売れっ子作家です」

なんてなりきって書き始めます。

「売れっ子作家はきっと、書き始めたら何かがのり移ったように一気に書き上げるに違いない」

とか、

「もうすぐ、編集者の人が原稿を取りにくるから、それまでに文章を書かなくちゃ!」

という見立てをすると、雑念に惑わされずに行動できてしまうのです。

こうやって「非日常感」を作り自分を鼓舞するアイテムとして、着物を用いることもできます。

意識を自分の外側に追いやって、なりきっている自分を眺める感じと言えば良いでしょうか。

自分の中だけに意識を集中してしまうと、どうしても「思考」の波に飲まれてしまいます。

思考は怠惰や不安・記憶などを引っ張り出すため、「今」に集中することを邪魔する存在です。

そんな自分を奮起させるのにも一役買っているのが着物コスチューム。

「着物」に対するイメージの高さが、「着物を着ている人はこんな生活をしているだろう」という自分まで高めてくれるとうことです。

自力だけでは気が緩んでしまう時も着物力を借りることで、シャキッと背筋を伸ばした生活にさせることができます。

ま、普段からそこまでシャキッとさせることもない訳ですけどねぇ…(´-ω-`)

ただ、現代において着物を着るだけで「非日常間」を演出できるのは、楽しみの1つと捉えることもできます。

洋服を着物に変えただけでも普段とはちょっと違う感じになりまし、同じ着物でも小紋と訪問着では気持ちの引き締まり方が違うものです。

着物を着ようとするだけで、柄を見るようになりますから季節のお花にも詳しくなれるかもしれません。

昔から、何でもない日常を彩ることや「ハレとケ」の使い分けの達人だった日本人。

これを現代的にアレンジして、普段着の洋服の日・行事の洋服の日・普段着の着物の日・行事の着物の日など何段階にも分けてメリハリを持たせられたら、人生が豊かになりそうです。

着物生活は形によって、非日常・日常を分けるとても良いアイテムの1つです。

やってみないと体感できない皮膚感覚を掴むのに、是非挑戦してみてはいかがでしょうか。

まとめ

私なりにモヤモヤと感じていた着物に対する思いを言語化してみました。

以前から「何だか着物って良いな~」と漠然と思っていたのですが、表現するとこんな感じです(笑)

非常に奥深いもので、私などまだ分かっていない魅力が沢山あります。

便利で楽な洋服にもこれまでお世話になってきました。

けれども、やはり日本人の体型に一番似合うようにできているのが着物なのではないかと思うのです。

また培ってきた文化があります。

確かに着物を着るのは手間暇かかりますし、動きは窮屈です。

その窮屈さがあるからこそ、生まれる所作の美しさがあります。

手間暇かけるからこそ表現できる華やかさがあります。

簡単・早い・楽などのインスタントな時代だからこそ、時間をかける喜びや味わい・深みを体感してみてはいかがでしょうか。