ストーリー

40歳を目前にして公務員(教員)を辞め、住んだこともない土地に移り住み、0からスタートを切った橘椿です。

このページでは、
 
 
・顔に生まれつきの痣があったことで体験した人の心の闇

・新米教師時代に出会った、恐ろしいモンスターペアレントに陥るマダムたち

・名物社長はどう見分ける!?一風変わったユニークな最終面接

・敏腕社長の社員教育から学んだ成功者マインド

・黒歴史を取り戻せ!学校教育再チャレンジ

・黒歴史昇華の先に迎えた最大の別れと、立て続けに起こる不穏な出来事

・「答え」を探し求めて行動!そこで出会った老人のようで一回り年下のメンター

・転機へのカウントダウン。常識と閃きとに葛藤し生まれた決断

・転機に乗るべき時のサイン「今までの不幸はこのためか!」と人生が繋がった瞬間

・人生の闇が教えてくれた、幸せを感じて生きるために必要なこと

・悩みから解放され、心穏やかに美しく生きる方法

といったお話をしていきます。
 
 
私は「心身ともに美しい生き方を追求する」ことをテーマに様々な講座や発信をしていて、
自分を大切にすることで幸福になるための、あらゆる具体的な方法を教えています。
 
実際に、自分を心身共に大切にすることでどのような効果があるのか?というとたとえば、
 
 
・影響力がつき面接で即日合格する

・自分を整えることで空間の気が上がり、部屋に飾っている生花が3週間もつ

・初対面の人に気にいられ、30万円の高額商品を即決してもらえる

・波動が高まったことで循環が生まれ、趣味のメルカリで一月25万売り上げる

・体脂肪34%体重58㎏から、3ヶ月で体脂肪24%体重47㎏の健康体に

・アラフォー目前にした私が「学生さん?」と間違えられるほど若返る

・美人ではない私が複数人の男性からアプローチを受ける

・60記事程度のブログを、一月でアクセス数を15,000上げる

という結果が出ています。
 
 
外見もコンプレックスだらけ、何も特技がなかった私が、
素の自分で生きる「人間性回復メソッド」を実践したことで、
この結果を手に入れることができました。
 
人間性というと難しく感じるかもしれませんが、
「その人だけにしかない魅力」と置き換えることもできます。
 
 
外見よりも内面が大切であり、
その人がどのような人間性を持っているかで、
その人を判断するべきだとよく言われます。
 
たとえば、ある企業に同じくらいのスキルをもった10名の応募者がいて、
たった1人を採用するとしたら魅力ある人間であるかどうかが大きく左右することになります。
 
 
面接・就職・商談・恋愛で、
あなたがただ存在するだけで皆から選ばれるようになれるのが「魅力」のすごいところです。
 
 
魅力があるか否かで、選ばれる人間から選ぶ人間になることができるわけです。
 
 
これを私は、ずっと突き詰めてきましたので、
魅力作りのお手伝いに努めてきました。
 
魅力的になろうと思ったら、
通常、「髪型や服装を変える」「エステや美容整形に通う」「体を鍛えてダイエットする」
ということをするのかもしれません。
 
 
けれども、私の場合、
上記の結果を出すのに、外見磨きに懸命になっていた訳ではありません。
 
 
自分の体に合う食事療法や運動などは行っていますが、
表面的なことよりも、内面を整えるメソッドの実施によって、
自然と魅力が引き出される方法を実践しています。
 
本来の人間的魅力を上げることができさえすれば、
ここぞという時に運に味方され、ご縁を引き寄せられると思っています。

 
 
そして、それを可能とするのが「人間性回復メソッド」です。
 
人間性回復力というのは、
本来のあなたを取り戻すことで個性を強く引き出し、
磁石のように惹きつける力を回復させることです。
 
 
私は別に「自分は魅力的な人間だ」と言いたいわけではなく、
魅力が最大限引き出され「自分の未来に期待できるようになった」と言われているくらい、
「人間性回復力」は非常に有効で、それを私自身が証明したいと思っているのです。
 
そして、素の自分を取り戻し魅力的に生きる術をお伝えし、それを通じて、
「輝きながら生きると同時に人を輝かせる人を増やすこと」を目的に活動しています。
 
 
ここで、「輝き」と一口に言いましても、
外見的な美しさ、華やかなセレブ生活、きらびやかな世界での活躍を言っているのではありません。
 
むしろ、「真の輝き」を考えた時に、
華やかさへの執着は、真逆に進めてしまう可能性すらあります。
 
 
多くの人は、
輝き = 美しさや煌びやかさ
だと思っています。
 
 
たとえば、パーティなどで煌びやかな衣装を身にまとった時は、
テンションも上がるし、最高に楽しいと感じるかもしれません。
 
しかし、それはあくまで「かりそめの輝き」であって、「自分らしい輝き」とは全く別なものなのです。
 
かりそめの輝きは、一時的なものです。
 
つまり、化粧や衣装など「素敵!」と言われるために着飾ったり、
常識的で周囲が納得するような振る舞いを完璧にこなし認められたりしている瞬間のことです。
大抵、普段の自分は別物であるため、後で虚しさがこみ上げたりぐったりと疲れたりすることになります。
 
するとどうするのか?と言いますと、
私の場合、「高価な化粧品さえあれば綺麗になれるかも!?」と無駄遣いしたり、
本心普段の自分を見せられる人がいないため、プライベートで引きこもりになったり、
外と内の自分を完全に分離していました。
 
 
周りから評価される自分を演出しながらも、
普段の自分には自信がなく、引きこもることで安心するのです。
 
 
ただ、この状態に入るとどんどん苦しくなってしまいます。
 
完璧であるフリをしていないと不安になるため、
自分を輝かせてくれそうなアイテムを探し、
常に何かで弱点を隠すことがモチベーションのような生き方は、
「演出しているかりそめの自分」とのギャップが広がり、「普段の自分」に絶望していまいます・・・。
 
 
そして、さらに普段の自分を否定し、自分を取り繕いながら生きる・・・
このような悪循環から、私はずーっと抜け出せないまま生きてきました。
 
 
けれども、私が推奨している「人間性回復メソッド」は、
別の何かすごいものになろうと「かりそめの自分」を演出をすることではなく、
 
 
「素の自分」を取り戻すことで心身が磨かれ、
あなたの魅力が最大限にアップし、
自然体のままで人々を魅了し、
人との良いご縁に導かれながら生きる方法です。

 
 
では、具体的に、
普段の自分を否定し取り繕うことに必死だった私が、
精神の瑞々しさや素の人間的魅力を取り戻す「人間性回復メソッド」にどうやってたどり着いたか?を
これからお話ししていきます。
 
 
まずは小学生のころのお話からです。
 
 

顔に生まれつきの痣があったことで体験した人の心の闇

 
私には左の顔全体に生まれつきの黒い痣がありました。
 
子どもの頃まだそれを治療する機械がなく、
小・中学校時代はほぼそのままの顔で過ごしました。
 
 
今でも当時の光景を思い出すとゾッとします。
学校での、席替えやグループ活動なんて大嫌いでした。
 
近くの席になったり同じグループになったりすると、必ずあからさまに嫌な顔をされ、席を離そうとする男子がいるからです。
 
 
普通であれば男子に何か言い返したり、先生に訴えたりすれば良いところを、
気にしすぎていたため男子と接触すること自体恐ろしく、
ただただその言動を受けながら黙って耐えていました。
 
辛い子ども時代を乗り切る術はただ1つ。
 
そもそも感情自体を殺すこと。
自分が深く悲しんでいる感情に蓋をして無感情になることで、
少しだけ楽になれました。
 
コンビニの若い男性店員に釣銭を投げられた時、
喫茶店の店員が私にだけスプーンをつけなかった時、
すれ違った後、私の顔のことで爆笑する学生たちに出会った時、
私は感情を無くしたフリをしてやり過ごします。
 
 
そんな風にやり過ごすと同時に、
「人は残酷な生き物だ」という思いが深く私の中に刻まれ、
誰かに本心を打ち明けたり深く仲良くなることが恐怖でしかありません。
 
「なんで悪いことをしている訳じゃないのに、こんな思いをしなきゃいけないんだろう」
「人は外見だけを見て、中身を見てはくれないんだ」

 
人の悪意を受けては傷を作り、
治りきらないうちにさらに傷口に塩を塗られ。
 
いつも心はヒリヒリと血の滲んだ傷を負っている状態でした。
 
 
人間の心の醜さや未熟さを嫌というほど見せつけられた子供時代。
当時は全て自分の「外見のせいだ」と思っていました。
 
「人って結局表面しか見ていないんだ…」
 
外見に関する理不尽な経験をする度、この言葉ばかりが頭をよぎり絶望しました。
 
その結果、いつしか私がたどり着いたのは、
「外見が何とかなれば救われる」ということ。
 
 
高校生になり、レーザー治療を受けほとんど痣が分からなくなってからも、
顔に対するコンプレックスはなくならず、
私の中には「外見さえ良ければ」という考えが根付いていました。
 
 

新米教師時代に見た、恐ろしいモンスターペアレントに陥るマダムたち

大学へ順調に進み卒業、まず初めに勤めたのは小学校でした。
 
「子どもは好きだし、何とかなるだろう」
愚かにも私はこんな甘い気持ちだけで教育現場に足を踏み入れます。
 
教育現場に対する見込みの甘さが、この後苦しく辛い多くの学びを得ることになるとは知る由もありませんでした。
 
 
小学校の教員は体力勝負でもあります。
ゆっくりと給食を食べる余裕もなく、給食指導、日記へのコメント入れ、採点、
休み時間の鬼ごっこ、次の授業の準備と時間に追われる日々です。
 
 
2年ほど勤めてみましたが、持病もあり体力のなかった自分にはとても合わないことを実感しました。
 
「小学校がダメならば、試しに中学校に行ってみよう」
今度は中学校1年生の担任を勤めることになります。
 
 
小学校から中学校へ上がる際に、
申し送り事項という書類によって生徒情報が引き継がれます。
 
私が赴任したその中学校は、
小学校からの申し送り事項が異常なほど多く、
いじめ・問題行動・支援を必要とするなどの書き込みがクラスの半数を超えていました。
 
 
また、「ここの親はモンスターペアレントです」との書き込みも。
 
中心となるママ友たちがグループを作り、
授業参観やPTA総会に出席した際、
毎回アンケートにびっしりとクレームを書くのだそうです。
 
この一部保護者たちに、先生方はいつ自分がターゲットになるのかと戦々恐々とし、
まともな保護者たちはひっそりと息をひそめています。

 
 
そこに赴任してしまった新米教師の私。
例にもれず、いじめのターゲットとなってしまいました。
 
運の悪いことに、中心核となる親が私のクラスの生徒の保護者だったのです。
もちろん、親から「学校に対するしつけ」を受けている子どもは話を聞きません。
そればかりか、親の真似をして私を陥れようとしてきます。
 
 
ある時は、私が生徒に「死ね」と言ったとあらぬ噂を流され、
親たちがこぞって授業を参観しに来たことがありました。
中には卒業生の保護者までいたほど!
 
「普通に授業してるんですね」とつまらなそうに言われた時には、
「当たり前だ!私は見世物か!」
と、気持ちを感じにくくなっていた私でさえ、
頭に血が逆流し熱くなっていくのを感じました。
 
 
その家庭では、食事中子どもと親で先生の悪口で盛り上がっている、
ということ後日聞いて唖然としたのを覚えています。
 
外に敵を作らなければ繋がれない親子関係だったのです。
 
「家族とは、親子の本当の愛情とは何なのだろうか……。」
半ば精神不安定だった私は、友人に話を聞いてもらおうと、
深夜12:00頃とあるファミレスに入りました。

とすぐに、ある一角を牛耳り大きな声で騒いでいるご婦人たちが目に止まります。
 
「………!」
 
うちの学校の保護者たちです。

なんと中心になっているのは、
学校側と保護者との仲を取り持つべき立場のPTA会長の奥様でした。
4~5名の取り巻きママたちと教員や学校の悪口で盛り上がっています。
 
しかも、中学生の子どもを家に置いて。

私はそれを見ながら、一抹の違和感を感じずにはいられませんでした。
心の底から楽しんでいるようにはどうも思えなかったのです。

「心の中の何かが欠けていて、
それを埋めるために人をおとしめているんじゃないかしら……?」

 
 
就職、結婚、子育てがある程度一段落した母親たちの、
行き場のない心の隙間を見たようでした。
 
 
また、うまくいかない夫婦関係や子育てなど、
自分の心の虚しさや自己の存在意義を、
人をおとしめることで埋めようとする人間の心の闇。

 
子どもの頃見てきた人の醜さとはまた種類の違う闇を目の当たりにしました。
 
結婚、出産、子育て。
一見、世間的に順当な人生の歩みを進めているようであっても、
どこか満たされない心。
 
モンスター化するマダムたちの心の隙間に多く触れ、
幸福に生きることがいかに難しいか、まざまざと学びました。
 

名物社長はどう見分ける!?一風変わったユニークな最終面接

学校環境に辟易していた私は、
「民間に勤めてみよう!」と思い立ちました。
大きな軌道修正です。
 
多くの会社に正規雇用として雇ってもらえないか履歴書を送り面接を受けますが、
私が教員経験者であることを知るとしぶりはじめます。
 
 
どうやら、「『教員』は自分が偉いと思い込んでいるから扱いにくい」ということらしいのです。
見合った給料が出せないから、などという体のいい言葉で断られることが続きます。
 
 
「『教員』の2文字だけで、私という1人の人間のことは見てくれていないんだ…」
 
肩書や出身地、年齢性別、外見、最終学歴…。
人に付属しているただの情報であるはずが、
そのたった一語でしか判断されないという悲しさ。
 
世間の人たちがいかに一括りにして見ているかということがよく分かりました。
 
 
けれどもその後、すんなりと受け入れてくれた会社がありました。
 
そこの社長は名物と言えるほど面白い人で、
私は運よくとても可愛がられることになります。
 
 
勤めてから1ヵ月が過ぎると、
「じゃあ、最終面接に行くぞ」の一言。
 
ついて行くと、まずは行きつけの食事処で夕食をご馳走してくださった後、
なんと4件連続、怒涛のスナック巡りに連れていって下さったのでした。
 
そのスナックで、隣席のお客さんから、
「ねぇ、これ歌ってくれない?」とのリクエストが。
 
それを歌い終わるや否や、
「よーし!合格!!」
と社長からの大きな一言がありました。
 
 
人との会話の仕方、素直さ、度胸、愛嬌、柔軟性などなど。
「その人間の中身はな、畏まって話すよりも、ふとした時に出るもんなんだぞ」
 
これが社長の最終面接なのでした。
そして一番のラスボスはスナックのママさん4名、という訳です。
 
 
「東大出てる奴を採用したことがあるけども全然ダメだったな。
学歴だけじゃ人間性は計れないもんだし、顔つきに出るよな、ママ」
 
 
スナックのママさんほど人を見る目の肥えている職業はない、
と社長は信頼していました。
 
「あなた、良いわよ(笑)」
辛うじてママさん達にもOKの判断を頂き、
晴れて正社員です。
 
苦労や挫折の経験が豊かな人ほど、
肩書などにこだわらずに相手を丁寧に見極めようとしてくれます。

 
私は仕事が早い訳でも資格を多く持っている訳でもありませんし、
人づきあいが上手な訳でも美人な訳でもありません。
 
 
ただ不器用ながらただ真っすぐに生きることと、
人に優しく温かく生きることだけは努めてきました。
 
 
外見や経歴などで辛い思いをしてきた私にとって、
この社長との出会いは、
苦しい経験を「学び」に変えてくれるほど意味深いものとなり、
やはり人は外見や肩書ではない、と救われた気がしました。

敏腕社長の社員教育で学んだ成功者マインド

その社長は型破りで、
当時普通の会社とは一味違う方法で社員教育をしていました。
 
 
それで功績を残していたこともあり、
全国から視察に来るほど。
 
社長は細部まで包み隠さず教えてあげていました。
 
「『敵に塩を送る』どころか、
味噌でも醤油でもくれてやれば良いんだ」

 
なんでも、
「方法は頭で分かっても、体得しなければ形にできない」
ということらしいのです。
 
 
ある時ゴルフが好きだった社長の考案で、
社員全員が早朝打ちっぱなしをすることになったことがあります。
 
「物事を習得していく過程はどれも同じ。ゴルフで成功体験を積みなさい」
 
 
人には何をやっても上手くいく人と、何をやっても上手くいかない人がいます。
様々な成功するための要素がある中、
社長は「経験による体感」を大切にしているようでした。
 
 
「ちょっと今は上手くいっていないけど、もう少し継続すればきっと吹っ切れるな」
 
一度成功体験を積めば、このような勘所をもって先を見通すことができ、
焦らず慌てず目標を達成できるのだそうです。

また「自分はできる」とセルフイメージも高くなり、
ますます現実化が早まるということなのでした。
 
 
理想や目標を掲げて生きることなど考えていなかった私は、
「人生ってこうやって作っていくものなのか……!!」
と、また新たな生き方を教えられた気がしました。
 
 
名物社長に娘のようにかわいがられ、
貴重な経験をさせてもらった2年間。
 
その頃生まれつきの持病が発覚し、
定期的に入院する都合上、退社することになりましたが、
 
「目に見えるものに捉われずに、心眼で人を見よう!」
と、ここでの経験によって心に決めることになりました。
        
 

黒歴史を取り戻せ!学校教育再チャレンジ

「そういえば、学校の経験が中途半端に終わってしまったなぁ…」
人生の課題をやり残している、
ふとそんな気分に襲われました。
 
 
小学校・中学校で積んでしまった黒歴史を回収するために、
高校教員にチャレンジすることを決意します。

 
「高校生を教えるなんて、絶対無理だ!」
恐怖心や不安は確かにありましたが、やらなければ逃げている気がして、
捨て身で全く未開の分野に挑戦することにしました。
 
最初の頃は、
体格の大きい生徒たち40人を前に教壇に立つだけで足が震えましたが、
数年臨時講師を務める中で、少しずつ環境にも慣れていきました。
 
 
正式な高校教諭となった私の初任校はなぜかトップの進学校でした。
 
「なんで普通校卒で大学も小学校教員養成過程の私が、こんな進学校なの!?」
またもや大きな試練です。
 
 
自分よりも頭の良い優秀な生徒たちに授業をすることのプレッシャーから、
胃がキリキリと痛み食欲は減退、
気がつくとひと月で5㎏痩せていました。
 
それでも教壇に立たなければなりません。
 
幸い進学校にはスーパーティーチャーと呼ばれる先生方が多く配置されるので、
身近なところで良いお手本となる先生が沢山いました。
 
自分の限界を感じた私は、許可を取り、
ストーカーのようにある先生の授業を廊下で立ち聞きして熱心にコピーし、
膨大な予習とモノマネで授業をする日々
が続きます。
 
 
この公認ストーカー学習(笑)を1年続けることで、
「先生に教えてもらって良かった」「授業がいつも楽しい」
と、いつしか子どもたちから声を掛けられるようになっていきました。
 
 
また1つまた1つと人生の課題が与えられては克服していく。
人生は正にこのサイクルの積み重ねです。

 
 
進学校で与えられたもう1つの課題は、殺伐とした人間関係改善でした。
なぜなら、学校の内外を問わず常に成績を比較される環境にあるからです。
 
どの先生の教え方が良い、
どの先生が成績を伸ばす。
学校や教員同士、生徒や保護者間でとてもシビアに批評されます。
 
 
その評価にさらされていることが過重なストレスとなり、
ねちねちと後輩教員を指導し続ける先生、
「俺が成績を上げた」自慢を連発する先生、
自分の教科だけ成績が上がれば良いと大量の宿題を勝手に出す先生など。
 
皆で学校を良くしよう!という精神ではなく、
「自分さえ評価されれば良い」「携わっている学年だけ結果が出れば良い」
個人主義的な人が多くいました。
 
「子どもたちのためじゃなくて、自分のために仕事している人が多いんだなぁ」
 
「教師」だから人間ができているかといえば、そういうわけでもありません。
もちろん意欲に燃え子どもたちと真剣に向き合う時もありますが、
殺伐とした環境ではなかなかそれを保てないのも事実です。
 
 
そんな環境の中で、
私自身もいつしかその波に飲まれていきました。
 
「私のクラスだけ平均点がものすごく低かったらどうしよう…」
「どうすれば模試で点数を上げられるんだろう?」
 
闘い蹴落とさなければ負ける。
社会の風潮がそのまま学校にも反映されていました。
 
 
そのような考え方が全て悪いわけではありませんが、
結果が出せれば何でも良しの成果主義になってしまいます。
 
 
事実、相手に対する攻撃も揶揄も平気でするような教員が多くいたのです。
 
今振り返ると、
このような状況に反発しながらも、すっかり環境に飲み込まれ、
「守り=攻め」の姿勢で人と関わることから抜け出せずに過ごしていました。
 
 
必死に進学校に食らいついて3年目、
クラス担任をすることになりました。
 
中学校での地獄絵図が頭を一瞬よぎりましたが、
今度こそは!と奮起します。
 
 
30を過ぎ保護者に近い年齢となったこともあり、
余裕と一層の愛情をもって子どもたちと関われるようになっていました。
 
若い頃は「隙を見せてはいけない」と妙に気を張っていましたが、
肩の力が抜け、ミスをする所も隠さずにいると、
子どもたちは笑いながら助けてくれます。
 
「あぁ、今までも肩に力を入れずに子どもたちと素直に関われば良かったんだなぁ」
過去に接してきた子たちに謝りたい気持ちです。
 
 
体育祭、文化祭、球技大会、クリスマス、バレンタインデー、ホワイトデー…。
イベントがあると、決まって必ず誰かがサプライズを企画するようなクラスでした。
 
全員でお菓子を一緒に食べ、全員で記念撮影をし、
教室を出る他のクラスの生徒たちが覗き見る中、
必ず一人一言ずつ話すのを楽しみにしている変わったクラスです。
 
目立つ子たちは盛り上げ、
恥ずかしがり屋の子や大人しい子もボソッと一言話すだけで皆が笑顔になる、
温かいほんわかしたクラスでもありました。
 
保護者からも、
「子どもが毎日楽しいと学校に通ってくれているので、何も言うことはない」
との声。
 
この巡り合わせに心から感謝するとともに、
過去の失敗や挫折が血肉となり、
目の前の生徒たちに生かされている、と年月を経て報われた気持ちになります。
 
この1年で、今までの辛い黒歴史であった教員生活が、
私の中で全て昇華されていきました。

 
 
そして教師生活を卒業する日が近づいていることに、
この頃は気づきもしませんでした。

黒歴史昇華と、立て続けに起こる不穏な出来事

この最高の1年の中で、1点だけどうにもできずに苦しんだことがあります。
それは、新しくきた校長先生と、
どうしても上手くコミュニケーションがとれなかったことです。
 
 
なぜか彼は、担任をスタートさせたまだ春の段階で、
「次はどこへ行きたいんだ」と言うのです。
つまり来年は異動させる、と暗に示されたことになります。
 
「この人私のことを何も知らないうちからこんなことを言うんだ…」
まだ1年生の担任だった私は、当然3年間担任を持ち続ける気持ちでいました。
 
「なぜ私だけそんなことを言われるんだろう…?」
 
悲しいかな、この校長先生は、
関わらないと決めた相手に対しては徹底しており、
廊下ですれ違っても目を背け挨拶すらしようとしない人でした。
 
 
「こんな人に人生を左右されるなんて、御免だわ!」
と思う一方、
「でも、私がしっかりと結果を出せば、考えがきっと変わるはず」
とかすかな希望を抱いてもいました。
 
必死に教科指導でも結果を出し、
子どもたちとも保護者とも上手く関係を築いてきた1年でしたが、
3月には冷たく異動を言い渡されます。
 
まさに断腸の思いでした。
 
 
納得はいかないものの、
離任式、生徒や職員を前に明るく和やかに別れようと、
3年間関わってきた子たちとのエピソードを笑顔で話します。
 
1年生から卒業生の全ての生徒たちを1年次で指導したため、
体育館にいる800人の生徒全員の顔が分かることは幸せでした。
 
狙ったように笑いも取れホッとしたところでふと自分のクラスの席を見ると、
女子生徒が「ヒッヒッ」と息を吸う声を出して号泣している様子に、
周りの生徒も笑い泣きしていました。
 
途端に我慢していた涙が溢れ、言葉に詰まります。
 
 
担任を持ちながらできれば3年間一緒に過ごしたかったけれども、
思い通りにならないことが世の常であることを伝えた後、
こんな話をしました。
 
 
「私は美輪明宏さんのある言葉を座右の銘としています。それは、
『見えるものを見ず 見えぬものを見よ』
という言葉です。
 
どうか年齢や性別・容姿・社会的地位・国籍などを取っ払って人を見る目を培ってほしいのです。
 
目の前にいる人の心が美しいかどうかで人と関わること
それがきっとあなたの人生を支えてくれます。」
 
 
どうか強く逞しく生き抜いていってほしい、
そして、人としての温かさを忘れずにいてほしい、
と未来に願いを込めて話しました。
 
 
教室では大好きな生徒たちによる、
最後のサプライズイベントとして、
黒板全体に描かれた色鮮やかな書き込みに迎えられました。
 
女子生徒から花束やお菓子や沢山の心のこもったお手紙、
そしてなぜか男子生徒からのごま油(笑)
 
最後もいつものようにクラスの皆が一言ずつ話し、別れました。
 
 
今までの努力は無駄ではなかったという達成感とともに、
無理矢理引き裂かれた悲しみがいつまでも尾を引き、
異動を言い渡した校長を恨みました。

 
また恨んでしまう自分を責めました。
 
異動する先の学校は進学校とは真逆で、
授業を成り立たせるのが難しいと先生たちが手を煩わせるようなところです。
 
さらに、日本海側から太平洋側へと環境も大きく移り変わり、
コンビニさえも車で15分かかる場所でした。
 
 
同僚の中には、
「先生あんなに頑張ってたのに、ひどい…」
と同情して下さる方もいるほど。
 
頑張っても報われないことがある。
胸にポッカリと穴が空いたような感覚のまま、
赴任先でも何だか行き詰まりを感じる日々
です。
 
「何のために生きているんだったけ…?」
全てが分からなくなってしまいました。

 
 
実は異動の話だけではなく、
その2年ほど、原因不明の高熱に襲われて入院したり、
ストーカー被害に遭って引っ越しをしたり、
同僚からのパワハラ被害にあったりなど、
立て続けに起こっていたのです。
 
あまりに立て続けだったため、
同僚が私に近づかなくなるほど、不運を引き寄せているように見られていました。
 
 
「自分が何か悪いものを引き寄せているのかもしれない…」
 
行き場のない思いから、
救いを求めるようにネットを検索する毎日が始まります。
 
 

「答え」を探し求めて行動!そこで出会った老人のようで一回り年下のメンター

鬱々としながら「引き寄せの法則」などを検索し続ける中、
あるサイトにたどり着きました。
 
スピリチュアル系の記事が多く掲載されているそのブログは、
どれも興味深いものばかり!
 
そして何よりライターTさんの親しみやすさが文章からも伝わってくるのです。
 
「何だかすごい活動をしている人がいるんだなぁ」
 
 
たまたまそのサイトの1周年記念パーティが行われるとのお知らせが。
突然ではありましたが、思い切って青森から東京のイベントに参加してみることにしました。
 
「何かを変えたい!」
という思いが強かったからです。
 
 
またそのパーティには、
ライターTさんのメンター(人生の師匠)が参加するとも書かれてあり、
こんなにすごいブログを書いている人の師匠ってどんな人なんだろう?
と興味もありました。
 
 
今思うとここが大きな大きな変化の入口だったのです。
 
「求めよ、さらば与えられん」
 
変化を恐れながらも、心の奥では人生を変えてくれる何かを求めていました。
 
 
最初にTさんにご挨拶をした後、会場をぐるっと見渡してみると、
不思議と「あ、この人何かが違う」と目に止まった人がいました。
 
それがK師匠です。
 
思っていたよりもかなり若く、私よりも12歳年下と聞いて驚きました。
けれどもとても落ち着いていて、まるで父親のような安心感もある人です。
 
今まで聞いたことのない新しいものの見方や考え方について話しているのを見て、
怪しくはありましたが「この人についていこう!」と閃きました。
 
 
人生は、大きなものを手放すと、
それに見合った分の出会いや学びが入ってくる
ようです。
 
 
それからはK師匠のイベントに欠かさず参加し、
往復車で2時間の通勤中は、欠かさず音声セミナーを流し、
K師匠のお弟子さんのセミナーに参加し、
Tさんの元でライティング講座を受け、
と目まぐるしく活動量が増えていきました。
 
 
K師匠が教えて下さるのは、
「ビジネス」「成功」のようにギラギラした何かの手法というのではなく、
人生や人間理解に深く根差しているものです。
 
「そうそう、そういうことが知りたかったの!」
魂の叫びに気づかせてくれるようなことを教えてくださいます
 
 
「やっと自分の本心としっかり向き合おうと思わせてくれる人に出会えた」
少し前までは、暗雲立ち込めていた私の人生に希望の光が差し始めていました。
 
神様の采配に感謝しつつ、楽しく勉強を続けます。
 
 
こんな日々を続けていく中で、
次第に職場での人間関係や物事の捉え方がどんどん変化していきました。
 
最初はこれまでとタイプの違う生徒たちに戸惑っていましたが、
楽しみながら関われるようになり、
教員同士の人間関係も良好で、
目の前から問題がなくなっていったのです。
 
今までいかに自分の見たいように世界を歪め、
周囲を批判していたかということがよく理解できました。

 
「全ては自分のマイナスな捉え方で、不運を引き寄せていたのかもしれない」
 
学校では得られない人生の学びや、
安心して素直に自分を出せる人間関係。
 
 
視界が徐々に拓けていく中、ある日こんなことを言われました。
 
Tさん「椿さんは、いつこちらに引っ越してくるんですか?」
椿「……へ?」
 
冗談だと思い受け流していると、また翌月、
 
K師匠「椿さんはいつ引っ越してくるんですか?」
Tさん「貯金はどのくらいありますか?引っ越す分はありそうですね!」
今度は2人がかりで言われるのです。
 
この方たちは一体何を大それたことを言っているんだろうか、
とぐるぐる頭の中で巡ります。
 
 
引っ越すということは、仕事も人間関係も全てをリセットすることなのです。
 
「変わりたいとは言っても、さすがにそこまでは…。」
その時の私はまだそこまでの勇気もなく、
キョトンとしながら2人の話に耳を傾けているだけでした。
 
 
神様は変化や成長を求める者に、
最適な出会いと成長の機会を容赦なく与えて下さる
、と言います。
 
また、第3者の目で客観的に見るからこそ、
その人の現状が的確に見えるということもあるでしょう。
 
 
「もしかしたら、これも何かの導きなんだろうか…?」
 
思考ではそんなことできるはずもない、
と考えながらその更に奥底では大きな変化を望む自分に気づき始めてもいました。
 

転機に乗る時のサイン「今までの不幸はこのためか!」人生が繋がる瞬間

このように学び続ける中で、
精神的にはどんどん安定し楽になっていくのに逆い、
なぜか体調不良に陥ってしまいます。
 
全く眠れなくなってしまったのです。
 
顔色の悪い私を見た同僚たちは、
「先生!真っ青な顔してる!」
と心配して声を掛けてくれるようになりました。
 
「この反比例状態は一体どうしたことだろう…?」
 
 
思いもかけない体調の変化に戸惑います。
 
接骨院へ行くと、「これは精神的なものからくる肩こりだね」と言われ、
 
その流れで心療内科に受診すると、
「人生には少し立ち止まる時期も必要なんですよ」と言われ。
 
 
私の気持ちをよそに、あれよあれよと言う間に状況が変化していくは不思議な感覚です。
 
 
この一連の流れを他人事のように受け止めながら、
人生の流れが自分の預かり知らぬところで操作されているような気さえしました。
 
 
「ということは……!?」
 
 
私ははたと気がつきました。
それはまるで視界が一段階上昇し、全てがクリアにはっきりと見えるようになったような感覚です。
 
 
「全ては私の人生の歩みを進ませるために、
相手は知らないうちに、何者かから言わされているのかもしれない」
 
「今まで自分の意思で生きているように勘違いしてたかも…」
 
 
噂に聞く、稲妻に打たれたような気づき、とはまさしくこのことです。
 
 
生まれ持った痣
嫌がらせやいじめ
先天的な持病
教員生活での苦しみや葛藤
理不尽な異動
人生の行き詰まり
 
 
今まで人生や上手くいかない出来事、ソリの合わない人を恨んできました。
 
けれども、全てが私には必要なことだったと分かると、
すっかりと体から灰汁が抜けるように、
いつの間にか恨みの念がすーっと空気中へ舞い上がってくようでした。

 
 
全てが絶妙なタイミングで、起こるべくして起きていただけだったのです。
 
 
「なんだ、誰も悪かったんだ……」
「全部、私の成長のために起こっていたんだ」
 
そして、俄かにこんな疑問も生まれてきました。
 
「神様はなぜ私にこのような試練を与えるんだろう?」
 
 
もしも私の人生が映画化されるとして、
主役自らが脚本家だとしたら、
これからの未来はどんな展開になるのでしょうか。
 
自分の人生でありながら、まるで自分でないような感覚で考えてみます。
 
 
生まれつきの痣によって人間の醜い心に触れ、心を閉ざした女性が、
トラウマを克服し、人に救われる経験を通して、
本来の自分を取り戻し、真に輝き、
人も輝かせながら生きる喜びを学び成長していく物語。
 
 
これこそ私にしか行きられない人生のストーリーです。
 
 
「神の導く私のオリジナルストーリーを歩むとするならば、
学校教員として生きる人生からは軌道修正が必要かもしれない…」
 
 
人生には、
目の前にはその流れに「乗るか」「乗らないか」の2択を迫られる時があります。
 
これまで通りの生活を継続していくか、
どうなるか分からない新しい環境へ身を投じるか。
 
 
新しい道を選択する場合、つい、
「確証を得たい!」と思ってしまいますが、
先の見える未来などはありません。
 
 
そして、どちらの選択かは思わぬところからの流れが教えてくれることもあります。
 
 
私の場合、上司からこのようなメッセージがあり、決断することになりました。
 
「新年度から活躍してもらうために、今すぐに休んだ方が良い」
これを聞いて、来ている流れに逆らわずに「乗る」ことにしたのです。
 
 
正しい道が最初からあるわけではありません。
「自分が正しくする」と覚悟して選ぶから、正しい道になる。

 
私はそう思っています。
 
また、常識や周囲の声は一旦置いておき、
自分を信じて、心の微かなざわめきや、閃き、違和感をキャッチし、
一見困難な方を選択することが、後の幸福へとつながります。
 
              

人生の闇が教えてくれた、幸せを感じて生きるために必要なこと

今私は、自分にしか歩めない選択をし、生き方を模索しています。
 
この決断をしたことから、
冒頭でお話ししたような結果が次々と出せるようになりました。
 
 
もちろん、私の生き方を理解されないことがほとんどですから、
辛いことや不安がない訳ではありません。
 
 
けれどもこれは、自分が望んで選択したことだと覚悟したことなので、
悩むよりも「さて次は何をしたら良いかな?」と切り替えられるのです。
 
 
「オリジナルな人生よりも安定的で皆と同じ普通の人生を歩みたい」
以前の私ならこう思っていたことでしょう。
 
けれども、例えば「結婚する」「就職する「親孝行をする」のが当たり前。
というような、「○○するのが当たり前」と疑いもせずに選択してしまうことに、
今では危機感すら覚えます

 
素の自分と向き合うことなく、
まるで学校の行事やイベントのように、「あるのが当たり前」で生きてしまうと、
 
イベントをある程度こなしてしまった地点で生きる意味を見失い
自分を正当化するために誰かを批判する、
新米教師時代に見たマダムたちのようにな、修羅の道に入りかねないと思うのです。
 
 
もちろん、形のことを話しているのではなく、
毎日が充実したもので、納得できているのであれば、
何を選択したかは問題ではありません。
 
大切なのは、そこでどのように生きるかです。
 
 
今回の私の決断を違う言葉で表すならば、
「常識や周囲の期待に応えることの放下」とも言えます。
 
 
これまでは、周りの人に認められるために生きる自分がいました。
 
世間的に認められるような自分、
悪口や陰口を言われないような自分、
良い人と思われるような自分。
 
コンプレックスが強く、愛される自信のなかった私は、
常に「いい子」を演じることで、
誰かに愛されようとしていたのです。

 
いい子でいることほど、反発のないそして敵を作らない生き方はありませんから。
 
 
この「いい子」を手放すことは、
時には呆れられ、見放されることも覚悟しながら、
一方で世間のしがらみから解き放たれ、自由になることでもあります。
 
これが「素の自分」で生きることです。
 
 
素の自分でいられれば、本当のあなたの魅力が花開きます。
顔で「素」というと化粧をしていない状態であり、
魅力がないように思われるかもしれませんね。
 
けれども、本当の意味で「素」を取り戻すことができたならば、
むしろ化粧をしている時よりも、心身ともに美しく若く輝きを増すことができます。
 
 
なぜなら、人が醜く老化してしまう原因は、
何よりも「自分らしく生きられないこと」だから
です。
 
「素の自分」と「社会的に繕っている自分」の差が大きくなればなるほど、
何者かになろうとしたり、誰かよりも上になろうとしたりし、
精神的なストレスから、肉体的にもかなりの負荷がかかってしまいます。
 
 
「素の自分」でいられれば、
そのままのあなたが人を惹きつけるので、
相手から求められるような人になれるのです。
 
 
「あなたでなくては!」
「あなたに会えて良かった」
 
こうなると、もう誰かを羨んだりすることもなく、
自分のことが大好きになり、人を心から愛せるようになります。
 
 
何も私は相手に合わせずにワガママ勝手に生きることや、
放埓に生きることをすすめているのではありません。
 
ワガママを主張することは、
逆に認められていないという不満があるということで、
つまり、気づかぬうちに「相手は○○してくれて当たり前」と期待してしまっているんです。
 
 
「素」になることは、相手への期待を手放すことなので
「こうしたい」「相手に〜して欲しい」という我欲やこだわりは全くなくなります。

 
 
人は、好かれようと思えば思うほど上手くいかなくなり、
皆に嫌われないようにと気を遣っても、嫌われることもあるものです。
 
 
「素の自分」でいる覚悟ができれば、
そもそも人間関係に過度な期待をしなくなるため、
相手も気楽に関わることができるようになります。

 
 

悩みから解放され心穏やかで美しく生きる方法

いずれにせよ大切なのは、
「自分に嘘のない生き方をすること」です。
 
 
皆、自分に嘘をつき「素の自分」を隠して生きているからこそ、
 
人と関われなくなったり、
病気になったり、
人を攻撃したり、
学校や会社を辞めたりするのです。
 
 
肩書きや年齢性別、学歴、知識や技術、常識的であるかなど。
これらに価値があると思って生きてきた私は、
このことにこだわりすぎるあまり人生の歯車を狂わせてしまったのではないかと今では思います。

 
 
確かに社会から分かりやすく認められやすくなりますが、
それらはただの付属品に過ぎず、その人自身を表すものではありません。
 
 
私たちは一人一人違う肉体を持ち、
違った環境で生まれ育ち、
培ってきた経験も違えば、
好みも持ち合わせた才能も、人生の課題も異なります。
 
 
そもそも、
同じ価値観になること、
同じ行動や人生の選択をしようとすること、
全ての人に認められようとすること自体が不可能なことなのです。
 
 
忘れてはならないのは、誰もが皆、ユニークで個性的な存在だということ。
自分で思っている以上の魅力が、あなたには秘められています。

 
素の自分に還ることは、
常識や社会的通念に覆われた、
地下に眠る個性的な自分を掘り起こすこと
です。
 
自然体で生きる人は人間性豊かな魅力を醸し出します。
 
では素の自分を取り戻し、自然体で生きるにはどうしたら良いのでしょうか?
この「素の自分」を取り戻すことが、「人間性回復メソッド」です。
 
 
自分の中に眠る本来の人間性を回復させることができれば、
誰かに好かれるために生きる必要はありません。
 
好かれようとしなくても、自然と人が集まってくるからです。
 
 
ありのままに、こだわりなく柔軟に、
魂の求めるままに生きられれば、誰でも優しく美しくなることができます。
 
そしてその優しさを誰しもが求めています。
 
 
自分を愛することができ常に満たされていれば、
心に余裕が生まれ、関わる人すべてに安心感と安らぎを与える人になれる
のです。
 
 
この人がいればなぜだかホッとするというような安心感を与え、
関わることで冷たかった心が温かく優しくなり、
悲しみや辛さが癒され、
何でもできると勇気がわく。
 
これは正に人を輝かせることです。
 
そのような人を愛さない人はいないのではないでしょうか。
 
私が推奨する「人間性回復メソッド」は正に、
自分が輝くことで人に光を与え輝かせる方法です。
 
 
人を変えようと思っても変えることはできませんが、
まずは自分を整え心身ともに美しさを取り戻すことで、
相手や環境は自然と変わっていきます。
 
 
「こうせねばならない」
とがんじがらめに生きている自分を解き放ってはみませんか?
 
あなたの中に存在する、とても柔軟で、無邪気で、素直なあなたを呼び覚ますこと。
そして心身の美しさを取り戻す方法が「人間性回復メソッド」です。
 
本来の魅力を取り戻すことができれば、もう何が起きても怖くはありません。
 
例えば人間関係のいざこざで頭を悩ませることもなければ、
不運な出来事が起きても落ち込むことはなく、
誰かに何を言われても、くよくよすることなど全くなくなってしまうのです。

 
 
なぜならそれらは全て、さらに自分に磨きをかけることだと分かっているから。
何に対しても明るくしなやかに立ち向かっていく安定感と、人間的な輝きを身につけることがきます。
 
私自身が輝くことで、誰かに喜んでもらえる。
 
これは人生の大きな喜びであり、苦悩から喜びに変わる経験となりました。
私は皆が輝き合える世界を共に作っていくコミュニティを作るためにも、
このブログを書き続けています。

 
 
「人間性回復メソッド」のあらゆる手法に関しては、
これまでもこれからも記事にてご紹介していきますので、
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それでは、お読みいただき感謝です。
ありがとうございました。