嫌いな自分を好きになる!コンプレックスを受け入れたら人生が変わったという話

私は自分が嫌いでした。

というよりも、自分を好きになれない自分が嫌いだったのかもしれません。

人は、自分の顔や身体や能力・性格や環境を選んで生まれてこれるわけではありません。

ですから、「あの人はあんなに恵まれているのに、どうして私ってこうなんだろう…」

そう思ってしまうこともあると思います。

私たちの多くが、自分に対するマイナスな思いを抱えて生きることで、自らを不幸に導いているのです。

では、それをプラスに変えることができればどうなるでしょうか?

自分が自分に対する向き合い方を変えただけで、実は周りの人や環境が大きく変わっていくとしたら?

自分を好きになるだけで、人生が好転するとしたらあなたはどうしますか?

「あ、結局は自分だったんだ!」

もしかしたらなぞの言葉に見えるかもしれませんが、私にとっては大きな大きな気づきでした。

そして人生に対して前を向いて突き進むことができるようになったのです。

今回はこんな私の体験をふまえて、どんな風に変わっていったのか、またその効果をシェアしたいと思います。

自分が嫌いだった頃に見えていた世界


一番初めにもお伝えしましたが、私は自分が嫌いでした。

顔の左半分に生まれつきの黒い痣があったり、髪の毛がテンパだったりしてお世辞にもカワイイと言えないどころか、皆から奇異の目で見られることが多くあったからです。

それが苦痛でたまらず精神的にストレスを抱えていたので、肌荒れもひどくなるという悪循環でした。

「せめて全く目立たないくらいの普通な外見になりたい…」

悲しくもこれが子どもの頃の切なる願いだったのです。

その後、中学生の頃から治療を始め高校生の間にその痣は分からなくなりましたが、それまでの記憶が辛すぎて外見に対する嫌な思いが抜けることはありません。

この頃の私の中には、知らず知らずのうちに培われてしまったある思考が絶えず心の中に存在していました。

「どうせ人は私を好きにはなってくれない」

「どうせ人は離れていってしまう」

せっかく新しい人間関係ができても、無意識にこの考えが頭の中巡ってしまいます。

この無意識下で自分を卑下してしまうことや、相手との関係を諦めてしまうことこそ、実は自分を苦しめる一番の原因なのです。

これでは「何でこんなことが身の回りに起きるんだろう?」という事象を引き寄せてしまいます。

どこかで「どうせ好きになってくれないんでしょ」と思っていれば、そのような態度や言葉を自ら無意識で発してしまのは当たり前のこと。

心の中で、本当は「愛してほしい」「もっと良い関係を築きたい」と思えば思うほど、逆の現象が起こるのこういう訳なのです。

自分を好きになっていく過程で起こった変化

人間関係で特に嫌な思いをすることが多かった私は、ふと立ち止まることになります。

「どうして自分の周りには嫌なことが起こるんだろう?」

「自分は前世で何か悪いことをしたのではないか?」

一生懸命真面目に生きているつもりだったので、周りに起こる現象に納得できなかったのです。

そこでスピリチュアル的な方面にまで原因を探るようになります。

色々と原因探しをした結果、辿り着いた考えがありました。

「もしかして物事の捉え方一つで、見え方が変わるんじゃない?」と。

これは当たり前のことだと思われるかもしれませんが、私にとっては大きな発見でした。

今までは字面しか見えていなかったのが、腹から納得できた!という感覚です。

人生はあらゆることが起こります。

これは仕方のないことです。

大切な考え方は、その事象自体は良くも悪くもないということ。

自分の人生の中で、ただそれが起こったというだけの話になります。

それをいちいち色づけして考えるから、一喜一憂してしまうのです。

そしてプラスにも考えられることを、歪めてマイナスに持っていこうとするのは、自分の思考癖の影響が大きくあります。

物事には必ず両面ありますし、長期的に考える必要もあるのです。

一見すると悪く見えることも、後々考えるとベストだったということはよくある話。

以前の私はそれの悪い角度しか見ずに、「なぜ私だけこんなに不幸なんだろう…」と思ってしまっていました。

これではいつまでたっても心穏やかに過ごすことはできません。

ここで、今後の生き方を考えることになりました。

「このまま自分を卑下し続けて、あらゆることのマイナス面だけを見て落ち込んで生きるのか」

「一度自分と向き合い、好きになるような努力をし、生き方を変えるのか」

自分を憐み悲劇のヒロインでいることを捨て、全てに責任をもって前を向いて生きる強さを身に付けたい!

私は後者を選ぶことにしました。

自分を好きになるためのヒント その1

人はなぜか苦しみにしがみついて生きています

あなたはこのことに気が付いていましたか?

とっても気に病んで嫌で仕方がないと思っている自分の欠点は、もしかしたら気にしすぎているだけなのかもしれないのです。

他人にとってみたら、「なんだそんなことで悩んでたの?」とキョトンとされることもあります。

私もどうしても過去の辛い体験から抜け出せずに、それを克服した後も昔を思い出してはわざわざ苦しんでいました。

まず一段階目としては、気にしている自分に気づくことです。

少し自分を観察するような気もちで、「あ~、また気にしちゃってるな」と他人事のように眺めてみましょう。

とはいえ、すぐにこの感情を手放せるかと言ったら、なかなか手放せないものです。

「全然そんなこと気にならないよ」と他人から言われたとしても、

「あ、そうなんだ♪じゃあもう気にしない」

とはどうしてもなれなかったりします。

そんな時は次の手として、「この『気にしちゃう思考』を発動してきたから、今まで守られてきたんだな♪」と思うことです。

実はマイナス思考は自分を守るためにあるのはお分かりでしょうか。

もし何も守らない無防備な自分のままのほほんとしていたら、いつ相手から心無い一言を言われてズタズタに傷ついてしまうか分かりません。

ですから、まずは予め自分で自分を傷つけておくことによって、免疫をつけているのです。

「いつも守ってくれてありがとう」と自分のマイナス思考に感謝すると、自然と安心感が生まれます。

自分を好きになるためのヒント その2

実はコンプレックスがあるからこそ、努力できるということを忘れてはいけません。

もしも人類が皆完璧に健康体で身体能力も高く、美も兼ね備えていたら素晴らしいことですが、残念なことに個体差があります。

そして、個体差があるからこそ悩みが生じ、悩むことで人は多くを学び成長することができるのです。

外見にコンプレックスを抱いている人は、それによって得た経験や克服しようと奮起することによって学び、

外見的に恵まれて生まれた人は、人から嫉妬されることもあれば、外見でしか判断されないことに苦しみ学ぶこともあるでしょう。

こう考えていくと、長期的に見れば人は平等なのではないかと思います。

ですから、誰にとっても何かしらのコンプレックスはあるものだと思いますが、それが与えられたことにも意味があるのではないでしょうか。

そのコンプレックスを解消しようと、人は大きなエネルギーを費やし挑むこともできます。

そしてそれが見事達成されれば、今度はその一連の過程が同じ苦しみを抱いている人々の役に立つのです。

ですから、私はコンプレックスをそのままにしておくのではなく、なぜこの苦しみが与えられているのかということを一度考えてみると良いと思います。

敢えて神様が自分に授けてくれたギフトではないかと考えてみる、ということです。

これはなかなか苦しみの最中にある人にとっては、たどり着き難い境地かもしれません。

けれども、この考えがむしろ心の救いになることもあると思います。

「どうして自分ばっかり」という思いを「自分に下さったのだ」と思えば、苦難を乗り越えるだけの価値ある人間に選ばれたような気もちになれるのではないでしょうか

自分を好きになるためのヒント その3

そして辛いことだとは分かりながら、敢えてコンプレックスを受け入れてみることをおススメします。

これと共にある、それが自分だと認めることです。

そのコンプレックスこそ、紛れもなくあなたの個性であり原点であることを認めてあげることで、向き合い方を次の段階へと昇華させることができます。

コンプレックスといえば、芥川龍之介の『鼻』という作品に登場する、禅智内供(ぜんちないぐ)が自分のことのように思い出されます。

彼は深く自分の五、六寸(約15 – 18cm)の長さのある滑稽な鼻を、全く気にしないフリをしていました。

人はその鼻を見て、からかったり陰口を言ったりするのです。

あまりにも気に病んだ彼は、鼻を短くすることにしました。

もう笑われるまいと思っていたら、鼻が長かった時よりも笑われ馬鹿にされるように感じるようになります。

鼻が短くなったためだと恨んだ彼の鼻は元に戻り、内供はもう自分を笑うものはいるまいと思いました。

こんなお話です。

鼻が長い時も短くなり普通になっても笑う周囲の人間には、人間の醜い心が投影されています。

また、それによって一喜一憂する内供の心の弱さや、本人が形に捉われすぎていることを滑稽に描いた作品です。

私はまるで自分のことを書かれているように思い、読んでいて胸が痛くなります。

これを読んで気づいたことは、禅智内供(ぜんちないぐ)自身が鼻のことを全く受け入れてない、ということです。

それと共に生きながら、傷つくのを恐れて他人事のようなフリをしています。

けれども、「鼻」の存在を無にすることはできません

そして、実はものすごく気にしているからこそ周囲の人の心無い言葉に振り回されるのです。

もし彼が、鼻が自分の個性でありまたそれによって大変傷ついていることもまた自分である、と堂々と認めたならばどうだったでしょうか。

もしかしたら何かしら現状が変わったのではないかと思います。

何もそのコンプレックスをそのままにする、ということではありません。

ただその存在に居場所を作ってあげるということです。

「私の中に気にして傷ついている私が存在する」とコンプレックスの存在を認めることで、かえって承認欲求が満たされ心穏やかになっていきます。

自分を好きになるためのヒント その4

多くの人が、コンプレックスを抱きながら、それを抱くことに罪悪感を抱いています。

マイナスの感情を抱くことが悪いことのように思われますよね。

ポジティブ思考などの言葉が広く世間に伝わっていますから、常にプラスにならなければ!と頑張ってしまうからだと思います。

けれども、「ポジティブにならなきゃ!」と脳内言語で繰り返すことは、逆に「ポジティブではない自分」をインプットすることに他なりません。

ポジティブになろう、なろうとすることが却って自分を苦しめることになるんですよね。

先程から述べているように、コンプレクス自体は努力の原動力であり、個性であり、神からの試練というギフトでもあります。

まずはこのことを受け入れ、ちょっとゲーム感覚で自分を何かのキャラクターに見立てて、面白がってみるというのもおススメです。

そしてそれが外見などの形あるものであるならば、臆することなく全力で克服するための努力をしてみてはいかがでしょうか。

内面のコンプレックスであれば、何が根底にあるのか自分の心を探ってみたり、心理療法に頼ってみたりしても良いでしょう。

コンプレックスに立ち向かうために努力する自分を楽しんでみるのです。

すると日々が充実し始め、静かな闘志を燃やしながら生きることができます。

それは自分をより進化させるための行いだからです。

人は変化し続けることや、成長することに喜びを感じる生き物でもあります。

コンプレックスはその本来の原点に気づかせてくれる存在なのではないでしょうか。

それがあるからこそ頑張れる。

そんな温かい感謝の気持ちで向き合えば、心の氷が溶かされ自分を愛することができるようになりますよ。

まとめ

コンプレックスというと、私たちはどうしてもそれを恥ずかしいものだと隠そうとしてしまいます。

その気持ちに素直に向き合いオープンにすることができれば、案外すんなりと心を楽にすることができるようになるのです。

確かに悩みの中にドップリとはまってしまっている時には、解放することは考えられません。

けれども、もう自分から苦しみの中に入っていかなくても良いのではないかと思うのです。

コンプレックスは誰にでもありますし、有って当たり前とも言えます。

まずはそれを知ることですね。

その上で価値ある試練に立ち向かうことができれば、きっとその経験があなたを宝石のように磨いてくれることでしょう。

大丈夫、きっとあなたには乗り越えられると信じることです。

信じて、楽しみながらチャレンジする日々を送られることをお祈りしています。