人の気持ちを考えすぎてしまうあなたに伝えたい8つのこと

相手に合わせる人は、とても心地よい空気感を放っています。

「この人と一緒にいると癒される~」

とついつい甘えたくなってしまうものです。

けれども当の本人は、気を遣いすぎて疲れてしまっているのが本心だったりしますよね~((+_+))

私も学生の頃などは「ねぇ、話聞いて~」と甘えられる一方で、「あなたは他人に合わせすぎる八方美人だ」と手厳しく言われてもいました。

当時の私は相手に合わせることが当たり前。

行き過ぎて八方美人化していることにすら気づかないほど、習慣化してしまっていたのです。

あなたもつい相手のことを優先的に考えてしまいませんか?

そこにモヤモヤした気持ちが残るのであれば、自分の中で「変わりたい」サインが出ている証拠

そのためには、まずはなぜそう行動してしまうのか根本原因を理解することです。

「あ~、自分の中にこんな気持ちがあるから人の気持ちを考え過ぎちゃうのか(゚д゚)」

と分かれば、納得して肩の力がす~っと抜けていきます。

何を隠そう私は人に気を遣いすぎて沢山の失敗をしてきました

まずはその失敗談からご紹介しますね。

人の気持ちを考えても報われない事件

小学校のころ、私はよくケンカに巻き込まれ仲裁をせざるを得ない状況に置かれました。

A子:「椿ちゃんは私と仲良くするの!」

B子:「違うよね、私と仲良くしたいでしょ?椿ちゃん」

椿(私):「わ、私は2人と仲良くしたいな……」

という感じです。

2人とも気が強く我がままだったので、私はいつも挟まれて気苦労することが多くありました。

この2人は思い切り言い争ったあと、何だかんだで絆を深め、結果私のことは忘れて2人で仲良く遊ぶことがしばしば。

私はさんざん振り回されていました。

今思うと、私なりに自分勝手に生きられれば気苦労はなかったのです。

「いい加減にしてよ!私はどっちとも遊びたくない。2人で勝手にケンカごっこしていれば?」

ふんっという感じでもう1人になってしまった方が、どんなに楽だったことか。

相手の気持ちを考え気を遣いすぎた挙句、結果的に得たポジションは「どうでもいい人」「都合のいい人」

もうそんな昔には戻りたくないのです。

ホントの意味の相手のためって何!?事件

大学生のころ、友人に頼まれ相談事にのることが度々ありました。

3時間も4時間も「へ~、そうなんだ、それは辛かったねぇ」とただひたすら優しく聞き続ける私。

相手が切り上げるまで寄り添うことが良いことだと思い込んでいたのです。

同じ駅周辺に住んでいたKちゃんには、とくに毎晩のように呼び出されそのたびに話を聞いてあげていた時期がありました。

相手のためになるのだと信じて。

自分が疲れていようが、眠かろうが、根気強く話を聞き続けました。

ところがある日、同じクラスの友人たちと話しをしていた時のこと。

いや~、Sちゃんと話をしていたら、何だか自分の悩みがふっとんじゃった

と言うのです。

Sちゃんとは特に毎晩話をしたということもなく、校内で会った時に小一時間程度話しただけ。

そのSちゃんは割と毒舌でハッキリとものを言うタイプでした。

『な~にそんなこと考えてたの~!?アハハハハ』って笑い飛ばしてくれたから、どうでも良くなっちゃった♪

な、な、なんですってーーーー(;゚Д゚)

私の今までのあの辛抱強く聞き続けた時間は一体何だった訳!?

ちなみにKちゃんの口から、私の名前や感謝の言葉が出ることはありませんでした。

チーン……(´-ω-`)

人ってそんなもんですよね。

というわけで、相手ばかりを優先させたり、相手の言うとおりにばかりしていても、結局報われないことが多いのです。

まぁ、報われるためにやるのか?という議論は一旦置いておき(。-_-。)後半まで読んでいただければ、そうではないとわかっていただけると思います♪

それでは、こうなってしまうのはなぜなのか、そして相手のためとは何なのか、「6つの原因」を見ていきましょう(*^-^*)

自分のことでは悩まないから相手のことを考えられる

これは精神的にきちんと自立していて、少々の問題などは問題と思わないほど大人であるということですね。

なんと、大体9割の人が相手に依存する傾向があるそうです。

ですのでこのタイプの人は精神的に自立していて、成熟している人と言えますね。

自分のことは自分で解決できる雰囲気を持っているから、とっても頼もしい存在!

また、頼られると無下にできずについつい親身になってしまうタイプでもあります。

「あなたといると私の気持ちをよく考えてくれて嬉しい~(#^^#)」

と思ってもらうことは嬉しいことですが、相手ばかりを優先させることには問題もあるのです。

「この人を頼りにすれば、きっと期待に応えてくれるはず(ΦωΦ)フフフ…」

と相手を依存させてしまうことになり、却って相手のためにはなりません。

相手が困ったときにいつも助けてあげられれば良いですが、そうはいきませんからね。

そして寄り掛かられ過ぎると重荷になって、関係を断つことを繰り返してしまう人もいるのではないでしょうか

今までとは少し違う行動を取ってみることが、人間関係の新たな可能性を開きます。

相手とはその場だけの関係だと割り切ってしまっている

この人とはそんなに深く仲良くならないな

職場の人間関係や、ママ友や、ちょっとした地域の集まりでの関係性。

割り切って素の自分を出せる人もいれば、短い付き合いだからこそ気を遣い尽くしてしまう人もいます。

もしかしたら後者のタイプではありませんか?

お互いじっくりと関われないからこそ、短い間だけでも相手に良い気分で過ごしてもらおうという気持ちは素晴らしいことです。

さて、その心地よさを自分も味わえているでしょうか

自分を繕って相手に合わせてしまうばかりでは、本心に嘘をつくことになり後悔の元を作ってしまいますし、相手に都合よく扱われてしまう可能性もありますね。

ここで少し視点を変えて合わせられる側の立場を考えてみましょう。

日本人は相手に合わせたい傾向の人が多い国です。

自分の思い通りにして心地良い、という人はもしかしたら少数派なのかもしれません。

それなのに相手が必死に自分に合わせようとしてきたら、

「そんなに気を遣わなくても良いのにな…(;´・ω・)」と何だか恐縮してしまいませんか?

実は気を遣いたい人が多い我が国日本では、逆に気を遣わない人の方が心地よさを与えられることが多いのです。

あまりに自分勝手ではいけませんけどね。

自分中心になることは相手のためでもあります。

自己犠牲的に相手ばかりを優先させている

自分さえ我慢すればこの場は上手くいく、と押し殺してしまう人がいます。

高圧的な人、怒らせると面倒な人、後に引きずりネチネチと言い続ける人…。

色々なタイプの人がいますから、「この場を収めるために仕方なく」と自分の気持ちを我慢することはありますよね。

たとえば完全に納得してできるのであれば、またその時だけと限定的であれば、ある程度は皆お互い様というところがあります。

けれども常に自己犠牲的な人間関係になってしまうのであればこれは大きな問題です。

これを続けることで、自分に対しての自信を失いどんどん卑屈になっていってしまいます

「どうせ自分は〇〇だから…」

と不幸オーラを身にまとうようになってしまい、そんな人はさらに高圧的な人を呼び寄せてしまう負の連鎖に。

もしくは「こんなにしてあげているのに…」と相手からの誉め言葉や、何かしらの結果を強いることになってしまいます

これでは一緒にいる相手は息苦しくなってしまいますよね。

大げさな言い方をすると、自己犠牲的な生き方をして潜在的に不満を抱えている人は、周りの人から知らないうちにエネルギーを奪い、

自分の人生を充実させて良い意味で「自分勝手」に生きている人は、反対に一緒にいるだけで皆にパワーを与えています

自分がどのような状態にいるかが周りとの関係に大きな影響を与えているのです。

ぶれない生き方をすることは、一番の他者貢献。

相手を変えようとしても変わりませんが、責任をもって自分の人生を充実させること楽しむことが、結果相手を感化していくことに繋がります。

本当の自分をさらけ出して嫌われるのが怖い…

「自分の本当の意見を言って嫌われたらどうしよう…」

つい顔色を窺ってびくびくしてしまうことがあります。

そして「顔色を窺っている私ってどうなんだろう…?」と二重に悩む…。

ではなぜ顔色を窺ってしまうのか、根本的な原因ってご存知でしょうか。

それはズバリ「自分が相手を信頼していない」こと。

実は自分の方が心を開いていなかったり、相手を先に見放したりしていたということに皆気づいていません。

だから、相手も自分と同じ気持ちなのではないか?と疑ってしまっているのです。

自分こそ相手を信頼していなかった」と気づくと、相手に対する思い込みが少しずつ溶かされていきます。

このような場合、相手に嫌われる前に自分から関係を閉ざしてしまう、という先手を打ってしまいがちです。

このような経験はありますか?

過去のトラウマから相手の気持ちを考えすぎている…!?

もしかして過去に人に裏切られたりケンカをしたりして、深く傷ついた経験はありませんか?

その過去の傷がうずいて、「二度とこのような思いはしたくない!」と過剰に相手に合わせすぎているのかもしれません。

爆弾発言かもしれませんが、人間関係はある種諦めが必要です。

関わる人はその時々によって移ろうものですし、人の気持ちも絶えず変わっています。

それは本人でさえ操作することができないのですから、もはや誰にも固定することはできないもの。

死が分かつまで共に関わり続ける人もいれば、その時その場所ででしか会わない人もいます。

「お互いにいつか分かれる存在だけど、今を大切にしようね」と永遠性を諦めるからこそ、本当の関係が始まるのではないでしょうか。

そして先ほども述べましたが、「傷つけられても平気♪」と思う気持ちがあなたを強くします。

コミュニケーションで大切なのは自分がどう思い、どう考え、どうしたいか

「私はあなたと仲良くなりたいと思ってます。」

自分を守ることをやめて、素直なそのままの気持ちさえ伝えられれば関係性は変わってきます。

良い人だと思われたいから相手の気持ちを考えすぎている

突然ですが、良い人仮面を被っていませんか?

この質問には、9割以上の人が「はい」と答えるはずです(笑)

多分ですが、日本人のほとんどの人が、社会的にもプライベートでも「良い人仮面」を被っています。

空気を読む国民性は「良い人仮面」そのものですよね。

最近はその表の顔で無理をし過ぎて、インターネットで悪口を書き込む人などがおり社会問題にもなっています。

「そんなに疲れるなら良い人仮面やめてみれば良いのに…」と思うのは私だけでしょうか?

わ、分かりますよ(;・∀・)

「そんなことを言っても、相手に何を言われるか分からないし、すぐには無理!」

という声が聞こえてきそうですものね。

何も100%やめるということをおススメしている訳ではありません。

相手の気持ちを優先させているのと同じように、加えて自分の気持ちも考えてあげて欲しいということです。

逆の立場で考えてみると、自分に本心を打ち明けてくれる人って、大事にしたくなりませんか?

「私には本心を打ち明けてくれるんだ♪」

そう思いますよね。

良い人仮面を被ることは表面的な人間関係は確かに構築できますが、本当のあなたらしさとはかけ離れているため、どこか偽物の関係になってしまいます。

相手を信じて、自然体で飾らずに良い面悪い面も出せる人の方が、より相手に魅力を感じてもらえるでしょう。

自分の気持ちを大切にすることの大きな効能

さてここからは、自分勝手に生きることの効果・効能をお話ししていきますね。

ここで使う「自分勝手」という言葉は、一般的なものとは少し違います。

再定義させていただくと、「自分勝手=魂に従った生き方」ということ。

自分の信念や理想に対して素直であるということです。

これはどんな価値を大切にしているかとか、自分は何を優先させるかを明確にしている生き方と言えます。

たとえば、次のようなケース。

A子:「Bさん、ライン交換しませんか?」

自分:「(ホントはあんまりやりたくないんだよね~。でもせっかく声をかけてくれたのに悪いかな)

い、良いですよ(^▽^;)」

A子:「わぁ、良かった!じゃあラインで愚痴を聞いてもらお♪」

自分:「は、ははは…(めんどくさ!やっぱり止めときゃよかった~)」

なんてことよく起こりますよね。相手の気持ちを考え、誘ってくれたことに恩義を感じ、つい情に流され。

これでは今まで通りのコースということになります。

自分勝手に生きることは、このようなことがあっても惑わされません

自分:「ごめんなさいね、ラインでトラブルがあって、家族以外とはやりとりを控えているの。ごめんなさいね」

たとえばこんな感じです。
言い方に工夫すると、角を立てずに自分の意見を通すことができます。

相手も傷つけず自分の信念も曲げない。

もしかしたら多少、嫌われることもあるかもしれませんが、相手に振り回されている状態よりも開き直っている分、とてもスッキリとした気分でいられます。

自分を大切にする生き方をするには?実践編

人の気持ちを考えすぎる性格から、もっと自分を大切にする生き方をするためには、具体的にどうしたら良いのでしょうか?

ここからは実践編として、自分を変えるためにまずはこれをやってみよう!という方法を提案していきます。

X=Yを疑うことで、苦しみから解放される

人の気持ちを考えすぎてしまう人はなぜか、

「自分の本音を言う=嫌われる」

という数式を頭の中で繰り広げてしまっています。

けれども実はこれらに因果関係は全くありません(笑)

ただただ自分の不安による妄想が作り上げた幻想に過ぎないのです。

「これ以上傷つきたくない!」

そんな思いで必死に作ってしまった数式を疑ってみることから始めましょう。

出会ったその瞬間から、自分でも気づかないうちに、繊細に用意周到に離れるまでのカウントダウンをしてしまっているのです。

ここから救われることは簡単で、「実は嫌われても傷つかなくても良い」と思うことができれば全てが解決するのです。

たとえば何か嫌なことが起きた時、なぜ自分は「傷つく」という選択をしたのか、考えてみても良いかもしれません。

本当は「傷つかない」という選択肢もあったはずなのです。

たとえ一瞬傷ついたように感じることがあっても、それは磨かれただけ。

大丈夫!自分はどんなことが起きようとも、今まで生きてこられたじゃない٩( ”ω” )و

そのことを知っていれば、多少傷つけられても大きな痛手を負うことはなくなっていきます。

完全に役になりきれればOK

相手の気持ちを考えられるということは、とてもステキなことなのです。

相手の気持ちが全く分からない、どうしたら理解できるのかと悩んでいる人が大半ですから。

あなたが関わっている人間関係のうち、「この人たちとは自分を出さなくても穏便にことが回ればそれで良い」というような関係性があるとします。

ほとんどの人間関係が、実はこれに該当するのではないかと思うのですが。

この場合100%割り切ることができるのであれば、相手優先で関わっても良いのかもしれません。

職場の上司の意見で「(・・?」と思うことはあっても、チームが上手く回ることを優先させるのであれば黙っておく、というような感じです。

今までの話とは逆に感じるかもしれませんが、ここまでお話ししたからこその結論なのです。

本来は皆「自分勝手」思考で自立して生きるのが理想的ですが、それができない環境も確かに存在します。

そうなのであれば、「ここはもう仕方がない!」と明確な意思で、100%割り切れるのであれば敢えて流されてあげるのもアリです。

けれどもあまりにも目に余る、という時には毅然と言い返す強さも持っておけばそんなに後悔はないはず。

一番大切なのは、「人間関係で何を最優先させるのか」ということ。

どこまで許容し、どこからが譲れないのか。

これがハッキリすれば、「この場ではこのくらいの人間関係が保てれば良い」とスッキリ役に徹することができます。

無理にならない範囲での俳優力を身につけましょう。

人は変わるのが当たり前と開き直るカッコ良さ

昨日の自分と、今日の自分とではつながりがなくてはならない、と多くの人が縛られています。

こんなことはないでしょうか?

A子:「K君、好きな食べ物って何」

K太:「う~ん、やっぱり焼肉が一番かな♪」

―3日後―

A子:「今日はK君が好きだって言ってた焼肉食べに行こうか♪」

K太:「(アレっ!?何だか焼肉に興味がなくなっちゃった…。今は猛烈に寿司が食べたい!

でも好物だって言っちゃったし、気が変わったって言ったらなんて思われるんだろ…(;´・ω・)

う、うん。ありがとう。や、焼肉食べれて嬉しいなぁ…

(ホントはもたれそうで嫌だーー(´;ω;`)ウゥゥ)」

という感じで変わっていくことをカミングアウトするのに罪悪感を感じる人が多いようです。

私の場合、数か月前までは「この仕事に挑戦します!」って言っていたことが、状況が変わり深く知ることで「何かが違うな…?」と気づいたものの、

「最初にあんな風に宣言しちゃったからなぁ」なんて考えると体裁が悪い(~_~;)

ということがありました。

社会全体において長く続けることが推奨されていますから、皆「変わるのが悪」と思いすぎているところがあります。

けれどもそもそも人間の心は水のように流動的なもの。

脈絡がなくても良いのです。

無責任に生きて良いということではありませんよ(;・∀・)

ただ、先ほどの「自分勝手」を発動させるためには、昨日までの自分を捨てる覚悟をもって初めて行えるものだ、ということです。

言い方を変えると、脈絡なく生きることを自分に許せば、世間の目やしがらみから自由になり、もう何かを言われたということぐらいでは悩まなくなる、ということです。

感謝を求めない、愛情はあげっぱなしと腹をくくる

人間関係、期待しないことが一番です。

今までの私は、

「こんなに〇〇してあげたのに」と思ってしまったり、

「こんなに親切にしている自分」に酔っていたのだと気づきました。

自分がどんなに相手に良かれと思って接しようと、受け取る相手の気持ちまでは操作できません

案外、意図していないことが誰かの問題解決の糸口になることもあります。

それはまさにタイミング次第

誰かの言動によって稲妻に打たれたように感動する場合もあれば、何も理解されない場合もあります。

ですから、自分がしてあげたということは思わないことです。

大切なのは「それでも丁寧に関わり続けること」

いつか気づいてくれればと思いながら愛情をかけ続けることです。

そこに見返りの気持ちはありません。

まとめ

相手のことを考えすぎて気を遣いすぎることで、言いたいことが言えなくなり、上辺だけの関係になってしまうことがよくあります。

相手のためと考えているのはあくまでも自分なので、それが本当に相手のためになっているかどうかは相手に任せるしかありません。

自分が期待した通りの反応をしないからと言って、相手を責めることもできませんからね。

ならば、最初から相手に合わせすぎることから卒業してみてはどうか、と思うのです。

無理をしないで相手と関わることは、同時に相手にとっても楽なコミュニケーションをとれる人になれるということ。

ですから本当の意味での「自分勝手」になってしまえば良いと思います。

これは譲れないという部分をきちんと出すことで、相手からも尊重されますし、お互いきちんと意見を言い合えた方がより良い関係を築くことができます。

気を遣うだけ遣っても相手を依存させては自分が苦しくなりますし、自分を大切にしていなければ相手にいい加減に扱われてしまいます。

コミュニケーションにおいて、自分をまずは尊重することを心掛けてみては如何でしょうか(^^)/